日記帳


■2009年 10月分■
10月1日(木) 午後6時30分〜 天満別院報恩講のための習礼(於 淨琳寺)。
引き続いて、平野で声明の稽古。
10月2日(金) 天神橋筋六でおまいりの帰りに「住まいのミュージアム・大阪くらしの今昔館」を見学。ビルの中に、江戸時代の町並みが再現されている。600円で結構楽しめる。入口でお姉様に「お傘を預かります」と奪われてしまい、帰りに受け取るのを忘れ、地下鉄の駅で忘れ物に気がつきUターン。
午後 生け花教室(於 安楽寺)
10月3日(土)
10月4日(日)
10月5日(月) 午後1時30分〜 天満別院報恩講結願日中に出仕。
法要後、難波別院へ移動し、午後4時から新しい儀式を考える実行委員会。午後6時からは御遠忌委員会〔教化事業部会〕
7時からの天王寺区仏教会例会には、隣寺の若院さんに代理出席を依頼。
10月6日(火) 午後6時〜 准堂衆会研修会〔正像末和讃〕。講師は高島洸陽師。(於 難波別院)
10月7日(水)
10月8日(木) 午後5時〜 准堂衆会研修会〔掛役〕。講師は岐阜教区の酒井信導師。法具・座具の扱いの他、御讃卓の「壇上飾り」の指導をいただいた。
10月9日(金) 生け花教室だった、花材だけを持ち帰る。
午後6時〜 准堂衆会役員会(於 難波別院)
相承学薗は本日休講。
10月10日(土)
10月11日(日) 2週間以上、コロの便が変なので、動物病院で診察してもらう。腸の働きが悪くなっていて、菌が繁殖しているとのこと。薬を処方してもらい、本日の医療費は5,000円也。
10月12日(月・祝)
10月13日(火) 南港で午後7時からのお通夜が入り、難波別院での報恩講習礼に出席できなくなる。
相承学薗(於 慧光寺)には遅れて参加。
10月14日(水) 南港でお葬式と還骨勤行・初七日。そこから地下鉄で本町へ向かい、報恩講勤行習礼(於 難波別院)に参加。
10月15日(木) 午後6時〜 報恩講勤行習礼(於 難波別院)。今日の習礼は、自分が出仕しない日の分だが、正式な報恩講勤行に接する機会が少ないので参加させてもらう。
別院からの帰りに紹隆寺に立ち寄り、イスを10脚借りる(17日の聞法会で使用する)。
10月16日(金) 生け花教室(於 安楽寺)。明日は自坊で組の行事があるので、花材を2はい分用意してもらう。
車庫を明日の自転車置き場とするため、車を兄の家に預ける。
10月17日(土) 午後3時〜5時30分 第二組聞法会(於 宗恩寺)。今年の6回目(最終回)の会場当番となった。多い時には40名も集まるのだが、不安定な天気のためか、今日は25名にとどまった。
今日担当する正信偈・念仏和讃の稽古の持ち時間は1時間。それでも、途中に解説を入れていたら、1回通しでするのがやっとだった。
法話担当は即応寺の若院さん。前々回の西教寺さん共々、ご門徒さんにとっては、講師の先生よりも聞きやすいお話をされたと思う。
10月18日(日) 夕方 紹隆寺にイスを返却。
10月19日(月) 午後4時〜 御遠忌お待ち受け事業「親鸞講座」の打ち合わせ(於 難波別院)。兵庫・奈良・和歌山での講座について検討。
午後5時〜 御遠忌委員会〔総会〕(於 難波別院)
続いて列座・准堂衆合同習礼〔正信偈句切・念仏讃淘十〕
10月20日(火)
10月21日(水)
10月22日(木) 午後6時〜 御遠忌お待ち受け事業「親鸞講座」の打ち合わせ(於 難波別院)。難波別院での講座の講師選定について。
終了後、教学儀式研究班主任とともに夕食。2次会で、2人時代のオフコースファンでサイキッカーのママとカラオケ。
10月23日(金)
10月24日(土) お通夜の後で配役表を届けに難波別院へ行く。午後8時50分に別院に着いたが、すでに同朋会館が施錠され機械警備が作動しており、入館できなかった。
10月25日(日) 午前8時 難波別院同朋会館の准堂衆控え室に、出仕者一覧表を届ける。
10月26日(月) 午後 熊取町へおまいりに。出発前にパソコンで道路情報を確認。堂島で事故があったが渋滞していないことを確認して出発したのに、いつもの高速入口が閉鎖されていた。別の入口に回った分、30分余計にかかってしまった。
10月27日(火) 午後2時〜 難波別院へ。結願逮夜法要の後に行われる帰敬式に、宗恩寺のご門徒さん7名が受式されるので、別院で待ち合わせ。
帰敬式の前に、境内白洲では、教区の御遠忌テーマ発表セレモニーが行われていた。「ブットンくん」を初めて見た。
夜 習字の練習
10月28日(水) 報恩講の晨朝に内陣出仕するため、午後6時15分出発で難波別院へ。指定された伊藤忠ビルの地下に駐車したものの、1階出入り口の扉がロックされていて出られない。あちこち彷徨った後、地下1階からの自動車用出口から外へ出ることができた。このまま出口を探して間に法要に遅刻するかも…と焦った。
続いての結願日中は外陣に出仕。十淘の高い音は、喉の疲労の為に維持するのが難しいが、助け合って、回向で少し下がってしまった他は音程をキープできたと思う。
午後4時30分 虫歯の治療
午後7時〜 習字教室
10月29日(木) 午後6時〜 准堂衆会学習会〔浄土三部経練習会〕(於 難波別院)。別院に出発する直前に、ご門徒さんから立て続けに電話があり、30分遅れて別院に着いたら、担当の2名だけで、他の出席者が無かった。3人で暫く雑談してお開きに。
今年の報恩講で拝読する御伝鈔下巻末の巻物を作成。
10月30日(金) 午後 宗恩寺の報恩講の準備。花瓶5はいに立華。若松の真の他、テッポウユリや極楽鳥花が花材だが、寒くなってきて花が長持ちするので、前の花材も再利用して立てる。まだ1ぱいに1時間以上かかってしまう。
続いて、倉庫から打敷、瓔珞、礼盤、巡讃卓、御絵伝、御伝鈔の卓と箱、御文箱、香盤、仏器台、供笥等を搬出し荘厳する。約2時間で終了。
10月31日(土) 明日は報恩講なので、月参りを今日に変更しておまいりするので、休日返上。
3日前の難波別院でがんばった影響が喉にまだ残っていて、大きな声が出しにくい。


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