日記帳


■2009年 5月分■
5月1日(金) 朝 難波別院のS氏から電話。『南御堂』誌のコラムの原稿依頼で、二つ返事で引き受けたものの、アイデアが湧かない。
生け花教室(於 安楽寺)。
メキシコ・アメリカから始まった豚インフルエンザが世界中に広まり始める。
5月2日(土) 午前中 毎月声明の稽古をしている隣寺の若院さんが岐阜のお寺に入寺することになり、今日は大安なので、お祝いを持ってお寺に伺う。お寺に伺った時には他に2組もお祝いに来ていた。真宗では吉凶を気にしないが、日を問わずバラバラに来客があるより、決まった日時に集中する方が、迎える方も楽だろう。
夜 四天王寺で犬たちの散歩中、近所の茶ラブでさくらの親友のチョコちゃんが通りがかった。さくらとチョコちゃんの2匹は大はしゃぎ。ほっとくとバターになるのでは?と思うほどの激しさで、お互いを追っかけてグルグルと回り続ける。
5月3日(日・祝) 夜 ドッグフードを買いに天王寺のコーナンへ。
深夜 トトが、木の上に逃げた野良猫に向かって吠え続ける。トトを捕まえようとするが、逃げ回って捕まらない。このまま吠え続けると近所迷惑なので、木から下ろすために野良猫を棒でつついた。直接地上へ逃げると思っていたら、隣の木へ飛び移ってから地上へと下りた。走り去る猫をトトは追撃したが、何とか逃げ切ることがができた。
5月4日(月・祝) 午後3時 法務が早く終わったので、京セラドーム大阪へ向かう。「みんな大好き!ペット王国 2009」の最終日で、この手のペットイベントも初めてだし、野球観戦以外で京セラ(大阪)ドームに入るのも初めて。ゴールデン・ウィーク真っ最中にしては適度な混み具合で、1,500円の入場料でも満足度は高いと思う。
ステージでの本日最終のイベントは「介助犬のデモンストレーション」。黒ラブの「アトム」が、お金や鍵、携帯電話を拾ってユーザーに渡す動作を実演して見せた。携帯電話の時は、本体を傷つけないよう、ストラップをくわえて持ってくる。
日本に盲導犬は1,000頭いるが、このような介助犬や聴導犬は、合わせても100頭に満たないそうだ。
帰りに日本橋の電器屋街へ。レンタルCD店でベトナム音楽のアルバムを見つけたので、会員になって3枚借りて帰る。
5月5日(火・祝) 「宗恩寺のHPのイラストを、自坊のHPで使いたい」と、第27組A寺の院主さんから電話をいただいた。拙い絵を利用していただけるのなら有難いことだ。
5月6日(水・休) お寺の行事の案内状作成。
5月7日(木) 午後4時〜 新しい儀式を考える実行委員会(於 難波別院)。法務の続きで、法衣のまま出席。会議の前に、准堂衆会の学習会の件で別院に会場使用願を提出。
午後7時〜 天王寺区仏教会例会(於 四天王寺)。
午後7時30分 ご門徒さん宅に院号法名のお軸を届ける。
夜 妻が家の模様替えの真っ最中で、机等の移動を手伝う。
深夜 『真宗ハンドブック』の校正。『阿弥陀経』の読み方だけを点検するつもりだったが、編集長氏の「全部に目を通してください」という声が思い出され、出来る限り目を通すことに。
気が付けば午前5時30分。年表等が残ってしまったが、少しでも睡眠を取らないと法務に支障が出るので床につく。
5月8日(金) 朝8時45分 法務に出発。
午後4時〜 真宗ハンドブック作成実行委員会(於 難波別院)。今日も法務の続きで会議に出席。
宗務役員の人事異動で、長らく大阪勤務だったS君とTさんの2名が本山へ移動となった。新たに配属になったのは男性ばかりなので、「男たちの大阪教務所」状態になっていた。
文章校正の中で、「葬儀・中陰では樒(しきみ)を用いる」という表現について、新潟出身の編集長氏から「関東以北には樒が自生していないので、新潟では樒を見たこともない」という指摘が。それまでは何も思わずにいたが、仏花ひとつ紹介するにも、花材の地域差を考慮する必要があることに気づかされた。
午後7時30分 閉会。編集長氏に誘われ、高槻のT氏と共に夕食。
5月9日(土) 妻が風邪でダウン。
コンビニで、妻のリクエストのおにぎりを買うついでにキムチを1パック求め、インスタントラーメンに足して「キムチラーメン」にして食べた。美味で身体が温まったが、喉が渇いて仕方ない。
犬の散歩を1人でしなければならなくなり、夕食前にコロとさくらを、食後にトトを散歩させる。
トトの散歩の際、郵便局へ回って郵便物の投函を済ませ、トトの前の預かりさん宅を通る道を行く。その家が見えてきたら、トトは駆けだしてその家の玄関へと向かった。1年も暮らした家なので、懐かしく思ったのだろう。一生懸命、匂いを嗅いでいた。すでに深夜だったので、すぐに引っぱって家路に向かわせた。
5月10日(日) 夕方 狭山での法事の帰りに、難波・高島屋での「東本願寺の至宝展」へ行く。場内で、准堂衆会の同僚と出くわす。
夜 准堂衆会の行事案内状を作成、投函。今晩も1人で犬の散歩。
5月11日(月) 豚インフルエンザが、関西地方で広まり始めたので、大阪府の学校が今日から一週間一斉休校に。
違法駐輪に悩まされていた住民の悲願がかない、地下鉄駅前に駐輪場の建設工事が進められている。そんな最中、ある人が一昨日、駅前に駐輪していた自転車をパンクさせられたそうだ。今までも5〜6回パンクさせられたそうだ。違法駐輪は問題となっていたが、パンク魔の存在は今日初めて聞いた。
午後5時30分〜 教化センター研究班の打ち合わせ。
5月12日(火) 夜の散歩の時、トトだけが境内を好き勝手に走り回り、門前に来なかったので、1匹だけ残していつもの散歩コースへ出発。
5月13日(水) お朝事(晨朝のお勤め)中に電話が掛かってきた。本日の午前中にお寺に来られる予定のご門徒さんがあり、「事前に電話を下さい」と伝えてあったが、誰も電話に出ない様子なので、勤行を中断。
今日は法務が少なかったので、今晩の勉強会(兼、校正作業)の予習をする。
午後7時30分〜 相承学薗(於 慧光寺)。
今日もトトは外への散歩を望まなかった。
5月14日(木) 6月開催の二組聞法会の案内状に添付する会場への行き方を示す地図がようやく完成。
5月15日(金) 午後6時〜 生け花教室(於 安楽寺)。明日、お寺で法事があるので、教室で中尊前の一瓶を生けで、帰宅後に祖師前・御代前の分を生ける。
5月16日(土) 午後5時〜 第二組聞法会案内状発送作業(於 宗恩寺)。
夜 雨につき、犬の散歩はなし。
5月17日(日) 雨だったが、夜遅くに止んだので、犬の散歩。
深夜 今日も2時過ぎまで校正作業。
5月18日(月) 午後6時〜 第二組組会(於 重誓寺)。
午前3時 『小経聞記 上』の2次校正が終了。
5月19日(火) 午前 ご門徒さんのおまいりの前に、校正原稿を先輩の専光寺さんに届ける。
午後6時〜 准堂衆会役員会(於 天満別院)。
5月20日(水) 午後1時におまいりが終わり、少し休んでから『南御堂』の原稿(600字)に取り掛かる。今回は意外と早く書き上がり、早速メール送信。
夕方からは、妻の「我が家改造計画」の手伝いで、新しい本棚と下足箱を組み立てる。
5月21日(木) 午後5時〜 准堂衆会模擬法要研修会(於 難波別院)。
5月22日(金) 深夜 散歩から戻り、家に入る前に犬たちを庭に放した際、トトが野良猫を追いかけ、噛みついた。棒で2匹を引き離し、猫は逃げていったが、トトは境内を走り回り、執拗に猫を探し続ける。なんとかトトを捕まえて家の中へ入れた。そこでトトを見たら、目の下や耳などに怪我をしていて、血も出ている。消毒だけはしてやったが、トトはなおも、玄関のたたきで座り込んで「外へ出せ」と要求吠えするが、無視。
5月23日(土) 朝8時発で、岐阜での披露宴に出席。毎月一緒に稽古していた隣寺の若さんが入寺することになったもの。
初めて、間衣・輪袈裟に「袴」を着用したスタイルで出席したが、会場へ行ったら、同じような装束の人はみな扇子を持っていた。自分一人だけ持っていない時は恥ずかしいものだ。
予めスピーチを指名されていた。原稿は作らず、始めと締めの挨拶だけは決めておいて、行きのバスの中でそこだけは数回脳内でリハーサル。「主文」はその場の雰囲気で話すことに決めて、本番に望む。
新郎新婦が1回目のお色直しで再入場してすぐのスピーチだった。仲人を立てない披露宴で、それまで新郎新婦の略歴や人柄の説明が無かったので、新郎の人柄が伝わる内容の話にした。列席者が酔って「いい気分」になっている頃合いなので、余り聞いてもらえないだろうと覚悟していたが、最初こそざわついていたものの、次第に会場が静かになって行き、話しやすかった。
聞かされる側にとっては、余程の面白い話でない限りは、一定時間を超えたスピーチは聞くのが辛くなるものなので、話を引き延ばさないで切り上げたのも良かったのだろう、と自画自賛。
次の新婦側の友人は、新婦の合気道部のエピソードを披露したので、いい流れになった。
披露宴会場から入寺するお寺までは、高速を利用して25分程の距離で、お開きの後、バスでお寺を参拝してから帰阪の途につく。とてつもなく立派な荘厳の本堂だった。
天王寺に着いたのが午後8時30分頃になり、相伝義書の講義は欠席。
5月24日(日) 三十五日法要で「傘の餅を切って欲しい」と頼まれた。真宗の作法にはない習俗だが、切ってさし上げた。
後でネットで調べたら、「近畿一円の風習」という解説文があったが、真相や如何に。
5月25日(月) 昼のTV番組で「5分でできるシェフのパスタ料理」を紹介していた。通常6分茹でるスパゲッティーの麺を4分で切り上げ、残り1分でトマトソースや具を絡めるので「5分でできる」…という触れ込みだった。しかし、ソースや具を絡める時にフライパンで加熱もするので、完成したのは麺を上げてから2分以上経過していた。「本当に5分でできるの?」という興味で最後まで観てしまったが、そろそろ「誇大表示」は止めてはいかが?
午後7時30分〜 声明の稽古(於 慧光寺)。
5月26日(火) 午後4時〜 大阪教区教化センター運営委員会(於 難波別院)。
午後6時〜 准堂衆会三部経学習会(於 難波別院)。
5月27日(水) 午後2時〜 境内裏の住宅との境界について、2度目の現地説明会。
午後7時〜 習字。先月の作品が初めて一級の「A」評価だった。段位まであと一歩。今日は練習だけで終了。続きは明日、自宅で。
5月28日(木) 午後 高石市へ向かうために阪神高速の高津入口まで来たら、事故渋滞で入口が閉鎖になっていた。一般道で行くことになり、予定を30分以上遅れることになった。道路情報を調べるのを怠るとこういうことになる。
夜 自宅で習字の競書作品を書く。何枚書いても満足できる字が書けないが、午前2時になる前に1枚選んで名前を書き加える。続いて准堂衆会の案内の発送準備。
5月29日(金) 朝 昨晩準備した競書作品と案内状を投函。
午後2時30分から豊中で年忌法要があり、午後6時30分からはキタの堂島で送別会があるので、生け花教室で花を立てる時間がなくなった。花材を持ち帰り、明日生けることに。
送別会はインド料理の店で。大阪教務所で長らくお世話になったTさんが宗務所へ転勤になった送別会。厨房でナンを焼くところを見せてもらった。壷の中で炭火を熾し、ナンを熱せられた壷の内壁に貼り付けて焼くのであった。
5月30日(土) 12時から王寺で百ヶ日法要。その足で、3時からの聞法会の会所の最寄り駅・新今宮で下車。商店街をゆっくり歩き、お寺に着く前にどの店で昼食を摂ろうか見て歩く。選んだ店は他に客がおらず、ガラ空き。カツカレーを注文したのだが、カツがわずかに揚げ足りない。すいているのはそういう訳か。
午後3時〜 第二組聞法会(於 行圓寺)。最初の30分の「正信偈真四句目下」のお稽古を私が担当。少しだけ説明を加え、1回通して読んだところで持ち時間終了。
聞法会終了後、別院の列座さんが突然亡くなられたと連絡が入る。
帰宅してから、明日行われるお通夜の連絡メール&FAXを配信。
続いて明日の宗恩会のために本堂の仏花を立てて、犬の散歩、それから法話の下調べ。「生活の中の仏教語」という講題を出しているので、岩波仏教辞典を参考にしてプリントを作成。参加者数分をコピーして午前3時すぎに就寝。
5月31日(日) 午後1時〜 宗恩会総会(於 宗恩寺)。
午後7時出発で、堺のお寺へ通夜の弔問にうかがう。


09年6月の日記帳へ


日記帳の目次へ戻る