日記帳


■2006年11月分■
11月1日(水) 夜 パソコンにワードや一太郎などのアプリケーソンソフトのインストール。
11月2日(木) 檀家さん宅におまいりに行く途中、天神橋筋六丁目駅の、普段とは違う出口から地上へ出たら、ちょうどそこが「大阪くらしの今昔館」の建物だった。こんなに駅の近くだとは初めて知った。ただ時間に余裕がないので、入館はまたの機会に。
夜 引き続きパソコンソフトのインストール。
新PCにウイルス対策ソフトが入っていたが、設定を「無効」にしてから、今まで使っていた別のアンチウイルスソフトをインストールした途端、PCが不調に。結局OSから再インストールすることになり、徹夜の作業になってしまった。
11月3日(金) 午前6時30分就寝、午前8時30分起床。午前の法事の添え勤めで、三首引きのつもりが六首引きになってしまったが、檀家さんにはよろこんでいただけたのでホッとした。
11月4日(土) 午前 泉南まで納骨に。途中の山道で、車にはねられ横たわるタヌキを見かけた。野生のタヌキを見たのは初めてだが、どうせなら生きている姿で見たかった。
夜 西宮の叔父の月命日。夕食にスキヤキをご馳走になった。1年ぶりの味を堪能。
深夜 さくらの散歩。四天王寺の境内で、停車中のパトカーの真正面でさくらはウン○をしてくれた。
11月5日(日) 夕方 日本橋の家具屋でセミオーダーの本棚を注文、続いてパソコンショップでビデオ編集ソフトを購入。さらにコーナンで買い物、最後に王将で夕食。
夜 インストール作業。前のPCがWindows98だったので、新しいPCへの引っ越し作業はほんとうに大変。また、ソフトも旧バージョンからインストール作業を重ねて行わないといけない。新PCの起動はとても早いのでストレスを感じなくて良い。しかし残すように設定したはずの古いワード2000が消えてしまったり、思いもかけないことが起こる。
11月6日(月) 父に午後7時からの天王寺区仏教会例会への代理出席を頼んで、報恩講習礼に行く。しかし父はそのことを忘れていて、8時になってあわてて会場に行ったが閉会後で誰もいなかったとのこと。
妻から「クローゼットの邪魔だ」と言われ、バイクレース用の革つなぎ一式とモトクロス用のブーツを捨てる事に。もう二度と使うこともないので仕方ないが、「あの頃」の品々と別れるのはつらいものだ。
11月7日(火) 木枯らし一号が吹き荒れる。
おまいりの途中、茨木市駅近くに「幸福の科学」の会館があったので、冊子をもらって帰る。
11月8日(水) お通夜のため、坂東曲の習礼を欠席。通夜の式場に早く着きすぎたので、駅前でネットカフェを探すが見つからず、ミスドで時間を潰す。
11月9日(木) 茨木で葬儀。留守中、父に1軒檀家まいりを頼んでいたのだが体調不良になり休ませてもらう事に。
夜 隣寺の若さんと声明の稽古。正信偈真四句目下、伽陀。
11月10日(金) 夜 報恩講の準備。倉庫から瓔珞や礼盤、仏器台や香盤、華束台などを搬出し飾り付ける。
父は下痢による脱水症状が心配されるので今晩から入院になった。
11月11日(土) 父の病気が私も移ったのか、朝から下痢と関節痛。眠くて仕方がないが、とにかく法事と祥月命日のおまいりをこなす。
夕方すこし休んで、報恩講の荘厳の仕上げを行う。
11月12日(日) 私は1日で体調が戻ったが、父はまだ入院中。父のいない報恩講を初めて経験する。
夜 本堂の荘厳を元通りに。
11月13日(月) 午後7時〜 大阪楽僧温雅会の稽古場で伽陀の声を出す係として、准堂衆会の若手2名とともに派遣された。
「限界の高さで勤めなければ」と、出だしの「稽首天人」から頑張ってしまったが、楽僧の皆さんにとっては音の動きが確認できればよかったのであった。伽陀の調子の高低は大した問題ではない様子。ただ、「伽陀の助音2節目の音が平調になるように」と指示されても、そこから逆算して伽陀を発声するのは難しい。まだまだ稽古しなければと痛感。
相承学園は欠席。
11月14日(火) 午後 少し休む。
夕方 注文していたセミオーダーの本棚が届く。
11月15日(水) 朝から業者によるお寺の境内の枝切り作業。当寺の樹木の種が隣りの会社に飛んで生えた樹木が成長し、2階を越す高さまで成長している。書院の屋根に覆い被さるように繁っているので、会社の総務部に許可を得て一緒に剪定させてもらった。
今日のおまいりは午前1軒、午後2軒だが、時間的に遠方ばかりで昼食時にお寺に戻れないので、門真市の大和田駅前のロッテリアで昼食を…と思っていたら改装工事中だった。代わりに王将で日替わりランチを摂る。
夜 明後日の法要で『御伝鈔』に拝読が当たるかもしれないので下読みをする。
合間に、懇親会の出欠確認のためにメールを27人に発信。しばらくしてPCを見ると多数の返事が届いていたが、そのうち6名は「発信20:46」となっている。報恩講で集まっていて、「せーのっ!」で一斉に携帯から送信したんだろう。
最初は丁寧にアドリブを入れて返事を書いて返信していたが、全部に対応していては練習ができないので、途中から「了解しました」とだけ返信しておいたら、今度は「わしらにはコメントなしかよ」とクレームメールが届いたが無視。
11月16日(木) 父親が退院。
夕方 上本町の百貨店でお歳暮の発送手続き。ついでに韓国料理店で夕食を済ませる。
『御伝鈔』の稽古本には漢字に振り仮名があるが、本番用の巻物には仮名が無い。仮名が無い本を使って読めない漢字がないかチェックする必要があるので、蔵から本願寺派蔵版の本を取り出してみた。しかし、平仮名が崩し字や変体仮名で書かれていて、漢字は読めても仮名が読めない。文章を全部暗記するまで練習せよ、ということか。
11月17日(金) 午後2時 平野御坊の報恩講逮夜法要。御文拝読を命じられたので御文箱を点検したところ、2冊入っていた。一旦後堂に運び、今日読まない1冊を取り出す。
出仕の際、二臈の予定だったT氏が急に「お前、先に行ってくれ」と言い、行こうとしない。既に一臈(先頭)が出仕で出ているので、争っていても埒があかないので、先輩を差し置いて先に行かせてもらう。緊張する上席を経験しないと声明は本当には上達しないと思うので、願ってもない機会をいただけて有難い。13日に限界近くまで声を使っていたのがいい準備運動で、今日は声に余裕があった。正信偈の後半、一臈がダウンし始めたので、「ここからが二臈の見せ場」とさらに力を込めた。残り3行というところで、ついに声がダウンしかけ、最高音の「唯可信斯高僧説」の「可」はウラ声でしか出せなかった。限界まで喉を使い切ったので、よしとしよう。
午後7時 平野御坊の『御伝鈔』。拝読者には堺のN氏が氏名され、私は拝読前の勤行(正信偈舌々・二淘)を勤める役に回る。そのN氏、逮夜の後の食事の席でかなりお酒を注がれてお疲れの様子だったが、きっちりと拝読を勤めた。「何が何でも役目を務めるんだ」というその心意気、良し。(因みに、来年は柏原市のM氏が読む予定だとか。)
御伝鈔の後、明日の日中法要のリハーサル。
解散直前に、御坊の若院さんから『今晩の「探偵!ナイトスクープ」に福島のN寺が出る』と教えてもらったので、帰宅後すぐにTVへ。丁度そのネタが始まるところだった。N寺の老院さんがTVに登場。
11月18日(土) 午後1時30分〜 大和大谷別院報恩講逮夜に出仕。去年は正信偈の附膚最初の音を見失う失敗をしたので、今回はそれだけはないようにと臨んだ。「探偵!ナイトスクープ」のオープニングテーマを思い出しながら、迷い無く最初の音を付けた。法要後、他の出仕者にこのエピソードを話したら、「そんな覚え方あり?」というような反応が返ってきた。
ご輪番の調声も、正信偈の出だし以外は頑張っていい高さで勤めてくださったので、助音とのつながりも良く勤まったと思う。
二重の和讃後の念仏に戻る場所の音の動きにまだ自信が持てない。次はそこを確実に出来る手がかりを見つけるのを課題にしよう。
法要前から雨に。
午後6時からは即應寺で第2組の報恩講。次第は正信偈草四句目下、念仏讃淘三、和讃弥陀成仏のコノカタハ次第六首(同朋唱和)。
NHKの『チャングムの誓い』、ついに今晩が最終回。土曜の夜の楽しみが一つ無くなった。
疲労と雨で、さくらの散歩はなし。
11月19日(日) 2日連続の報恩講で喉がバテ気味。
昼から今日も雨。
本日発売の北野誠のイベントの入場券は即日完売で、入手できず。
今日も雨降りでさくらの散歩はなし。
11月20日(月) 午前中、雨。
夕方 天王寺区仏教会の行事「ねはん会講演会」の協賛金を地元のお香屋さんに依頼。店の女将さんから「老住職はお元気?」と聞かれたが、その「老住職」とは、37年前に亡くなった私の祖父のことであった。
夜 電話でご門徒さんから「仏壇を購入するについて、本尊は本山から求めなければならないのか、仏壇屋で求めても良いのか」と質問を受ける。本山からご本尊とお脇掛の計3幅を受けると7万4000円もかかってしまうので、ご門徒さんに勧めずらい。結局、ご本尊1幅のみ、本山から受けて下さる事になった。
「たこやき亭」というスナック菓子を食す。「カール」を球形にしたようなものだが、味はたこ焼きというより「日清焼きそば」に近い。
深夜 3日ぶりにさくらの散歩。いつもよりサービスして四天王寺を4周走る。
11月21日(火) 夜 隣寺の若さんと声明の稽古。正信偈中読・草四句目下、同朋奉讃、念仏讃淘三、御文など。
深夜 さくらの散歩。
11月22日(水) 午後6時〜 東本願寺の報恩講に参勤中の大阪教区准堂衆会会員の陣中見舞い(激励懇親会)のため京都へ。事務局として遅刻する訳にはいかないのだが、タッチの差で在来線に乗り遅れたので新幹線を利用、刻限に間に合う。
飛び入りがあって最終的には予約人数より4人多く参加し、飲み放題を楽しんだ。料理の追加を頼まなかったので、支払いは当初の人数分。結果、出仕者に渡す「懇志」が増えた。
二次会にも参加し、11時すぎに解散。帰りも新幹線を利用。慣れない酒による睡魔と闘いながら、どうにか帰還を果たす。
11月23日(木・祝) 夜 レンタルしてきた「ナルニア国物語」を観たかったが、妻にチャンネルを奪われで観れず。
11月24日(金) 午後 熊取町からの帰り道、阪神高速に「渋滞9q」と表示されていたが、大した混雑ではなく助かった。
午後5時30分 心斎橋大丸玄関前でY氏と落ちあい、会食。
深夜 さくらの散歩。
11月25日(土) 初めて吉野家の「豚丼」を食す。あっさりしていて特に不満はないが、牛丼のような「病み付きにになりそう」という感激もあまりない味。
午後7時〜 町会。長年積み立てていた「災害積立金」をどうするかが第一の議題。町内で建設中のマンションが完成し、次年度には100世帯が加入する。マンション世帯が全体の7割にも達するので、一旦分配して再スタートをしてはどうかという案と、今のまま繰り越す方がよいという案、それぞれの賛同者が拮抗し、結論は保留となった。
夜 さくらの散歩。
11月26日(日) 雨。
11月27日(月) 夕方、堺市の檀家さん宅のTVで偶然観たニュースに愕然!朝日放送のムーブ!という番組が広島ドッグパーク事件で犬の救出に当たっている動物愛護団体「アークエンジェルズ」の疑惑を報じていたのだが、1年以上も犬たちを放置していた責任あるO社長が「アークエンジェルズの林代表に脅迫されました」とテレビに初めて実名と顔をさらして訴えているその役者顔負けの演技に驚いたのである。しかもVTR、番組の司会者、コメンテーターの全てが「林代表は悪者」と決めてかかって報道しているその偏りのひどい事。方向を誤ったマスコミの恐ろしさに戦慄をおぼえる。
夜 箕面の温泉「水春」へ。帰りに王将で夕食。
帰宅後、ネットでムーブ!の報道を再確認。以前からアークエンジェルズの林代表と彼らの活動を知ってる者として、今回の報道はあまりにひどいので、生まれて初めて放送局に抗議&反論のメールを出した。
11月28日(火) おまいりの仕事が休みだったので、1日ゆっくりさせてもらった。
午後7時〜 習字。
今日もムーブ!で、アークエンジェルズ潰しの報道第2弾があったことを知り、ネットで確認。
11月29日(水) 午後2時 四天王寺本坊で開催された年末調整説明会に出席。
午後4時ころ ムーブ!でアークエンジェルズの疑惑第3弾が放映された。「我々は証拠を持っている」と、相変わらず語気を強めてアークエンジェルズを批判する堀江司会者。なんだか彼が○クザに見えてしまう。
放送で「林代表は今日は大阪に帰っている」と言っていたので、妻とともに都島区のアークエンジェルズ事務所へ行く。
午後6時 林代表に直接話を聞く事ができた。(詳細は「ニュースの裏読み」で。)事務所に入ると、アークエンジェルズで保護されているゴールデンやラブラドール、バーニーズなどが我々を出迎えてくれ、身体をすり寄せて甘えてきます。この犬たちは虐待されたり遺棄されて、大阪で殺処分される寸前に林代表らが引き出して保護している犬たちです。
私たちが話しあってるうちに、アークエンジェルズ保護犬の里親になった男女2人連れが犬を連れて事務所にやって来ました。1頭はヨーキー(ヨークシャーテリア)事件でレスキューされた犬。まだ痩せてガリガリですが、人間にようやく気を許すようになったとの事。もう1頭は今回の広島で助けられた、目の不自由なシーズー犬。このお二人はムーブ!のニュースは見ていないそうですが、男性は工事関係の仕事をされていて、広島の現場にも足を運ばれた方で、「O社長が部屋の改装に900万円以上掛けたと言っていますよ」と話しを振ったら、林代表ともども「そんなことはあり得ない!最大に見積もっても100万円いくかどうか」という回答。
アークエンジェルズ事務所を後にして、平野慧光寺の相伝講義へと向かう。
帰宅したら、妻が愛犬さくらをシャワーで洗っていた。湯上がりにさくらの被毛をヘアードライヤーで乾かしてやったら、うっとりと気持ちよさそうにしていた。
深夜 今日林代表から聞いてきたことをまとめて、再度朝日放送へメールを出し、とあるブログに書き込みを行った。
11月30日(木) 午後 平野区のご門徒さん宅へバイクで向かう。出発が遅れたので、地下鉄よりもバイクの方が早く行けるだろうと考えたのだが、それが失敗。近道しようとしたところ、ご門徒さん宅周辺は「一方通行地獄」かつ信号が多く、逆に遅れてしまった。


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