日記帳


■2006年 4月分■
4月1日(土) 午後1時 法務の合間に本町の印刷所へ行き、3日開催・全国准堂衆会総会・研修会のプログラム140名分をコピー、そして難波別院の紙折り機で2つ折りに。
日本版「南極物語」のDVDを借りてきて観た。現在公開中のハリウッドリメイク版はファンタジー系で、日本版はドキュメンタリー風になっている。人間と犬の関係に、日本とアメリカの違いが出ていて面白い。
夜 参加予定者2名の記載漏れに気付き、昼間にコピーした全国准堂衆会プログラムにPCプリンターで書き加えて、製本。
続いて、天スポの総会案内状送付用の宛名シールを作成。午前3時に就寝。
4月2日(日) 雨 朝から日が暮れるまで法務。
夜 明日の全国准堂衆会の懇親会用の名札(席表)や受付用のポスターなどを作成。
4月3日(月) 午前中法務。旅行代理店を通じて料理屋に今日の総会懇親会の人数を連絡する。
その後、檀家さんからお葬式の連絡が入る。今晩がお通夜なので、全国准堂衆会の懇親会は欠席せざるを得ないので、代理店に変更を連絡。「変更は利かないかもしれないが、店には伝えます」とのこと。
ところが京都へ出発する直前に1名参加申込みが届いたので、代理店を通さずに直接料理屋に連絡を入れた。
午後2時すぎ 京都・東本願寺着。受付の準備を整える。
会長から「欠席者を見越して、料理屋には3名分少ない人数で連絡している。代理店を通さずに連絡してもらっては困る」と言われたので、代理店に連絡を入れた。しかし、例年、当日参加者があり、出席者数で申し込んでいて、欠席者と当日参加者がほぼ釣り合うのである。(結局、申込数より3名増え、料理が足りなかったそうだ。)
午後4時 東本願寺発。お寺に戻っていては間に合わないので、地下鉄の駅に通夜の装束を持ってきてもらい、泉北・泉ヶ丘のお通夜の会館へ。
夜 PCで天スポ会員データ入力作業。
4月4日(火) 10時から泉北で葬儀。還骨勤行を終え、「推進員養成講座実行委員会」の会合のために難波別院へ。
7時から檀家さんのお通夜。臨時の天スポ常任理事会があったが、とても出られない。
夜 PCで天スポ会員データ入力作業。
4月5日(水) 午後3時 お葬式
午後7時 天王寺区仏教会例会
夜 PCで天スポの会員証の印刷に取りかかるが、なぜか「J−○○」という会員番号だけが差し込み印刷できない。色々と試すが、この夜には解決せず。
4月6日(木) 午前中 逮夜まいり3軒と還骨勤行。
11時半発 天王寺駅から特急はるかで京都へ。東本願寺で妻の得度式の説明会。
京都の書店と仏具店、法衣店で買い物。
夜 天スポ会員証に印刷作業。用紙を1枚ずつプリンターに差し込まないといけないので、パソコンから離れられない。(436名分が刷り上がったのは7日の午前1時。)
4月7日(金) 得度式のため、午前8時前にお寺を出発し、昨日と同じく天王寺駅から特急はるかで京都へ。
妻の着付けは本山で。宮御殿が女性更衣室だが、付き添いの「男」が入室する訳にはいかないので、御殿の廊下で着替える。
午後、千里の檀家さんへのおまいりがあるので、得度式を終えた妻が脱いだ白服と足袋を私が着用して、おまいりに向かう。二人の身長がほぼ同じなので出来た裏技。
夜 さくらの散歩を兼ねて天スポ事務所へ会員証を届ける。四天王寺の桜が満開。息を吹きかけると花びらが舞い落ちる。
4月8日(土) 奈良方面に車でおまいりに。山々が黄色く霞みに包まれている。ラジオのニュースで「黄砂」の飛来を知る。太陽まで霞んでいる。
妻の○回目の誕生日。
夜 静岡から秋田へ転勤になった松っちゃんから電話。IP電話のことを教えてくれた。
さくらの散歩を兼ねて区仏からの配付物を歩いて届ける。
4月9日(日) 朝から夕方まで法務。
夕方 隣りのお寺に伺う。
4月10日(月) 雨。
午後6時30分〜 難波別院で准堂衆会学習会。講師は箸尾・教行寺の冨田住職。師には、7日の得度式でもお世話になった。
4月11日(火) 雨。
6月に北海道で開催する全国准堂衆会役員会の案内状作成。
午後 仏具収納庫に入り、どんな仏具があるか探索。漆塗りと梨地の御文箱を発見。漆が少し傷み、カビもある御文箱の裏書きには江戸時代の年号と奉納者のお名前が。また、戦時中用いていた陶器の三具足も見つかる。
夜 住職襲職法要で登高座をするために必要となる内陣の「張り出し」を制作するための材料を買いにコーナンへ行く。天スポの臨時常任理事会があったが間に合わず。
4月12日(水) 四天王寺西門前の仏壇店に、御経箱と挿鞋を注文。納期の返事を待つ事に。
4月13日(木) 仏壇店から、昨日注文した仏具の納品が22日の法要に間に合わないとの連絡が入る。京都の「小堀」に連絡したところ、納期は間に合うとのこと。すぐに発注する。
6月に北海道で行う全国准堂衆会役員会の案内状と出欠返信用ハガキの版下を作成。
天スポ総会資料の「協賛店案内」のページの版下作成。
午後のおまいりの帰りに難波別院に立ち寄り、「浄土三部経」折り本(4冊組)を購入。
午後7時30分〜 相承学薗。
午前0時 さくらを道連れに天スポ事務局長宅に版下を届けに行く。
4月14日(金) 朝 ポストに天スポの会員証の追加作依頼の手紙が届いていた。深夜か早朝に事務局長氏が持参されたのだろう。
午前と午後の法務の合間に、22日の法要に備え本堂の襖を外す。
夕食後、疲れて眠ってしまったが、深夜に起きてさくらの散歩へ。
4月15日(土) 午前と午後の法務の合間に、本堂の金障子を外し、収納庫から梨地の御文箱と経キン台を出す。
おまいりを終え、夕方コーナンへ。サイズを間違えて11日に購入してしまった板を交換してもらう。帰りに天スポ事務所へ会員証を届ける。
4月16日(日) 送信者が「yamamoto」という方からただ「納骨にはいくらかかりますか?」と書かれたメールが届いた。
メール本文に送信者の氏名もなく、誰宛ての記載もない。
以前、「納骨堂の建設に協力します」というメールが来たが、その時は差出人の記載もある丁寧な文章だった。
とりあえず、宗恩寺では納骨はしていないことと、大谷祖廟および東本願寺での納骨(収骨)について回答を送った。
その後、返事はない。
4月17日(月) 22日の法要に備え、内陣の張り出しの制作に取りかかった。本体を作り、1回目の塗装まで出来た。
日本盲導犬協会の機関誌に妻の投稿が掲載された。盲導犬クイールを育成した多和田さんに、「うちの黒ラブの引っ張り癖が直らないんですが」と質問したもので、回答は(1)まず、両親の血統(性質)を調べる。生まれつきの引っ張り癖であれば直らないとのこと。(2)引っ張るのは興奮して我を忘れてか、どこか目的の場所へ行こうとしてか、常時引っ張り続けるのか、で対策が変わる。大切なのは「犬に何を教えたか」ではなく「犬が何を学んだか」を考えながらしつけること、ということでした。
4月18日(火) 収蔵庫から礼盤や瓔珞を運び出す。長らく行方不明だった経キンも見つかり、これで法要の道具が準備できた。
午後、内陣張り出しの2回目のうるし塗装を行う。
午後7時 天王寺スポーツ倶楽部の総会。少し遅れて会場に着いた。総会風景の写真撮影を行っていたら、案件の審議の段になって議長から「議事録係をお願いします」と指名された。事前に言われていたが、前日に「撮影係を頼む」と言われたので気楽に構えていたので慌てた。
常任理事については、辞意を事務局長と会長に伝えた。HP作成、広報誌作成、会員証印刷を担当していたのだが、お寺やお寺関係の団体の行事が重なった時にパニックになり、仕事をこなしきれない状態に陥った。不義理を承知で天スポはお断りせざるを得ない。
4月19日(水) 近所の葬儀社で、22日の法要用にパイプ椅子20脚の借用を申し込む。
また、法要に使用する雅楽の曲をPCで編集し、CD−Rに焼く。
4月20日(木) 礼盤一式を収納庫から出す。法要の表白を作る。
役僧さんと、法要の習礼を行う。
4月21日(金) 京都の仏具店に注文していた御経箱と挿鞋(内陣で用いる履物)が届く。
2時〜 光照寺前住職さまの退任法要に出仕。法要後の茶話会の最中、自宅からの呼び出しが。
近所の檀家さんが亡くなられた連絡で、茶話会を中座にして枕経に伺う。
夜 本堂の最終準備。
4月22日(土) 朝、本堂に五色の幔幕を、玄関に紫幕を張る。
10時 葬儀社からパイプ椅子が届く。
11時〜 本堂で檀家さんの一周忌法要。
12時 今日の襲職法要のために、葬儀社が社員3名を手伝いに派遣してくれた。
1時30分 法要開始直前、本堂に椅子を65脚用意していたが、それでも足りずさらに座布団を並べる。
法要の次第は、楽、出仕、総礼、楽(登高座)、表白、御経(仏説阿弥陀経)、楽(下高座)、正信偈(草四句目下)、念仏讃(淘三、三首引)、回向、楽、退出。
休憩を挟んで後半は式典。
責任役員、檀家総代の皆さんを紹介。責任役員の長野さまからご挨拶をいただく。
次に、本山からいただいた住職退任慰労の辞を、前住職の長男(私の兄)が代読。
前住職が法話を兼ねた挨拶。3時30分を過ぎたが、前住職の話が終わる気配がない。兄が「時間が過ぎてます。もう終わって下さい」と書いた紙を届けてくれたので、私が前住職の前でそれを掲げる。参詣人の爆笑を誘い、ようやく話が終わる。
最後に新住職となった私の挨拶で、今日の法要はお開きに。
予想を超えて70名もの参詣があり、肩にずしりと重みを覚えた。
7時〜 お通夜。
8時〜 声明の稽古。
4月23日(日) お葬式。近所だったので、お骨揚げまでの間にお寺に戻るつもりだったが、食事に招かれ同席することに。
その間に、和歌山に転居された檀家さんが亡くなられたと連絡があったが、今日は枕経やお通夜に行く事ができないので、地元のお寺で勤めていただくことになった。
4月24日(月) 朝から本堂の荘厳の片づけ。
昼 妻が結婚前から飼っていたボタンインコが死んだ。片づけが一段落した本堂で読経。
7時〜 習字 今日から臨書に挑戦。
4月25日(火) 午後 熊取へおまいり。行きは阪神高速、帰りは一般道で。
夜8時 映画館(梅田ブルク7)で映画「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ」を観る。アカデミー賞を獲得した作品だが、子供が大喜びしそう。犬のグルミットの表情がイイ。
4月26日(水) 午後6時 准堂衆会模擬法要の習礼(於 難波別院)。
4月27日(木) 午後からのおまいりがなかったので、南港WTCコスモタワー48階のレストラン「ワールドビュッフェ」でランチバイキング。
食後に「なにわの海の時空館」を見学。復元された「菱垣廻船」が一番の目玉。館内スタンプラリーで15個のスタンプを集めると一つの絵が完成し、もれなく記念品がもらえるのでチャレンジ。本当に「素敵な」記念品でした…。一通り展示を見学したらもう閉館時刻で、別料金の冒険館に入れなかった。残念。
4月28日(金) 朝 本堂と金庫の鍵が無くなり、大騒ぎに。金庫の鍵は発見されたが、本堂のマスター鍵は見つからない。スペアーから合鍵を作る事にする。
午後4時 天王寺区仏教会総会(於 四天王寺本坊)
夜 さくらの散歩に出たところで買い物から妻が戻ってきた。そのまま2人と1匹で動物病院へ行き、さくらの健康診断とフィラリアの薬をお願いした。さくらの体重は24キロで、前より少し痩せたが、先生の見たてではベスト体重とのこと。
病院の続きでさくらの散歩。今日は長さ10メートルのリードを使用した。行動の制約が少なくなり、さくらも楽しそうだった。
4月29日(土・祝) 朝 天中同窓会の現事務局長Hくんが来寺。会計関連の資料の受け渡しと立替金の精算をおこなう。
おまいりの出発前に宗恩寺の役員の方があらためて襲職祝いを届けに来られた。
帰宅後には、隣のお寺の代務の方が会計の件で訪ねてこられた。
4月30日(日) 午後 犬の保護団体に、余っていたエアコン1台とバザー用品を届ける。
「宗恩寺だより」をWin98のPCで作成しているのだが、どうも動作が不安定で、何度も再起動させられる。WinXP機を導入したいのはやまやまだが、設定作業を考えると二の足を踏んでしまう。
「宗恩寺だより 第4号」の版下完成。とりあえず10部だけコピー機で印刷。あとはお店で刷ることに。


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